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	<title>私の乳がんの症状（痛み・しこり）、祖母の大腸がん、母の子宮がん｜家族の闘病体験</title>
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	<description>～大丈夫！ガンは退治できます！～</description>
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		<title>１２．命をつなぐ信じる心</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:48:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[Yさんが帰られた後、私はA先生に尋ねました。 「先生のおかげで5年生存を果たすことができました。日々先生に感謝しています。」 「失礼なことを伺いますが、先生を訪ねてこられる患者さんは、皆さんこうして治られていらっしゃるん [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>Yさんが帰られた後、私はA先生に尋ねました。</p>
<p>「先生のおかげで5年生存を果たすことができました。日々先生に感謝しています。」</p>
<p>「失礼なことを伺いますが、先生を訪ねてこられる患者さんは、皆さんこうして治られていらっしゃるんですか？」</p>
<p>先生はしばし私をじっと見つめたあと、ゆっくりお話を始められました。</p>
<p>「いえ、残念ながら治られない方もいらっしゃいます。」</p>
<p>「でも、そういう方はかりんさんよりも病が重かったから治らなかったということではありません。」</p>
<p>「かりんさんより（ガンが）進行した方でも治られている方もいらっしゃいます。」</p>
<p>「一方で、かりんさんよりも早期でご相談をいただいても治られない方もいらっしゃいます。」</p>
<p>「ガンは、３つの要因がかみ合わないと治りません。」</p>
<p>「通常医療、補完代替医療、それと、闘病ご本人が治ると信じて闘う気力です。」</p>
<p>「このうち、最後の『闘病ご本人の気力』が最も重要です。」</p>
<p>「どんなに素晴らしい医療やサプリを提供しても、ご本人が治療を信じられずくよくよしてばかりだと決して治りません。」</p>
<p>「この『気力』というものは、ご本人が絶対に治すと思うことで生まれる火事場の馬鹿力みたいなものです。」</p>
<p>「これがある方は、治る道をご自分で見つけられます。」</p>
<p>「そうでない方は、癌と闘う前に負けてしまっています。」</p>
<p>「そこを何とかするのが我々医師の役割ですが、何をやっても信用していただけない場合は難しい。」</p>
<p>「かりんさんは、治ると信じて頑張られたので、いまこうしてお話ができましたね。」</p>
<p>ガンの闘病で一番大事なのは、「治ると信じる」こと。</p>
<p>治ると信じられるかどうかで、受けた医療の成果も違ってくる。</p>
<p>そのとおりだなあ、と思いました。</p>
<p>でも、病院だけでは中々この信じて治すということが難しいのです。</p>
<p>そこで、ご家族の方にお願いしたいのは、絶対に治ると信じて、一緒に闘っていただくことです。</p>
<p>闘病本人にとっては、それがあるのとないのでは、天と地の差があります。</p>
<p>家族と一緒に頑張れれば、治ると信じて治療を受けることができます。</p>
<p>治ると信じれれば、実際に治す方法がいろいろと見えてくるものです。</p>
<p>私は一緒に闘ってくれた夫、母、祖母、そして主治医の先生と、A先生のおかげで、生かされたと思います。</p>
<p>生かされていることを感謝し、毎日を大切に生きていきたいと思っています。</p>
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		<title>１１．心の力になる</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:48:03 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[私は手術から５年生存を越えた2010年10月、A先生のもとに伺いました。 今後の心得など、統合医療の観点から教えていただければと思ったのです。 ちょうどお邪魔した時に、A先生のもとに卵巣癌の告知でパニック障害を起こされた [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私は手術から５年生存を越えた2010年10月、A先生のもとに伺いました。</p>
<p>今後の心得など、統合医療の観点から教えていただければと思ったのです。</p>
<p>ちょうどお邪魔した時に、A先生のもとに卵巣癌の告知でパニック障害を起こされた50代くらいとおぼしき女性の方が来られていました。</p>
<p>「Yさんとおっしゃいます。かりんさんの経験をYさんにお話していただけますか。事実を知ることがYさんの力になると思いますので。」とA先生に落ち着いた声音でお願いをされました。</p>
<p>私は、おばあちゃんの大腸がんから始まって、母の転移性子宮体がん、そして自分の乳がんが治るまでのガン体験を、かいつまんでご紹介した上で、「今まで生きてきた中で、ガンの闘病よりももっと痛くて苦しい経験はいくらでもありました。大丈夫ですよ、癌だったら必ず治りますから。」とお話しをしました。</p>
<p>A先生のオフィスで他の癌患者の方にお話をするとは思っていませんでした。</p>
<p>急なシチュエーションでそんな言葉が自分の口からついて出てくることも驚きでした。</p>
<p>心の中にあった想いがよどみのない語りになったような感じでした。</p>
<p>A先生は自然な言葉の力を理解されていて、私が構えないように「偶然を演出」されて、先生のもとに通われていたYさんに心の力を与えられたのではないかと思います。</p>
<p>Yさんは、現在も闘病中ですが、必ず完治すると信じて闘病されており、治療も順調だということです。</p>
<p>私はA先生のオフィスでYさんにお話をする機会を得たことを通じて、人の心の支えになることがいかに自分の生きる糧になるのかを知りました。</p>
<p>やや生々しい表現ですが、「生き証人」として、「実体験」から、「ガンは必ず治ります」と言うことが、これから闘病する方にとっていかに大きな心の支えになるか。</p>
<p>また、他の方の心の支えになれているということが、自分がこの先、１０年、１５年と、生存していく励みになります。</p>
<p>ガンとはこうして付き合っていくんだな、と悟ったような感じでもあります。</p>
<p>こういう悟りのような考えに行き当たることは、癌を克服してみないと決してできるものではありませんが、それにも増して、そういう「悟り」の機会を与えてくださったA先生には、まさに私の人生の恩人だと感謝致しております。</p>
<p>A先生は若くして、お母さまをパーキンソン病で、お父さまを肺がんで亡くされ、その後、人の命にかかわる職業に就きたいと考え、文科系の方面に進んでいたのを、医療の道に方向転換されたそうです。</p>
<p>そして医師になられ、現場医療に従事する中で西洋医学の限界を知り、その後東洋医学を学ばれたそうですが、東洋医学にも西洋医学とはまた違う限界を感じ、西洋医学と東洋医学のいいところをとり入れることができる統合医療の道を選ばれたそうです。</p>
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		<title>１０．おばあちゃんの教え</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:47:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[治療の間、私はおばあちゃんの教えを忠実に守りました。 ① おおらかに構えること おおらかに構えて闘病生活を送ることは、普通であれば難しいと思います。 先に述べたように、メドシード（サプリ）を飲んでいたおかげだと思いますが [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>治療の間、私はおばあちゃんの教えを忠実に守りました。</p>
<p>① おおらかに構えること</p>
<p>おおらかに構えて闘病生活を送ることは、普通であれば難しいと思います。</p>
<p>先に述べたように、メドシード（サプリ）を飲んでいたおかげだと思いますが、私の場合は何よりも副作用が限定的であったため、主治医の治療計画を全てこなすことができました。</p>
<p>医師と決めた治療を全てやってきているということが徐々に自信に繋がり、比較的落ち着いて治療に立ち向かえたと思います。</p>
<p>② 医師を信じること</p>
<p>「良い医師を見つけてその医師を信じること」というのが正しい表現です。</p>
<p>私も祖母や母同様、幸運にも信頼できる主治医の先生に恵まれました。</p>
<p>ある方の闘病記に「良い医師とは最悪の場合を想定してくれる医師」と書かれていましたが、正にそのとおりだと思います。</p>
<p>私も婦人科検診医の「良性疾患でしょう」という安易な言葉を鵜呑みにしていたら大変なことになってしまっていたと思います。</p>
<p>「あなたは最悪の場合ステージ●の癌ですが、必ず一緒に治しましょうね」</p>
<p>そう言っていただける医師を見つけて、あとはその医師の治療を信じてほしいと思います。</p>
<p>③ しっかり食べること</p>
<p>食欲が落ちずに体力を維持できました。</p>
<p>メドシード（サプリ）を飲んでいたおかげだと思います。</p>
<p>一方で、歩いての通院含め、毎日身体を動かすことができたので、しっかり食べながらも太ったりすることはありませんでした。</p>
<p>食事の内容ですが、食事療法を勧める方もいらっしゃいましたが、私はできるだけ平常通りを心がけ、入院中を除き、それまでと変わらず家族と同じものを美味しく頂いていました。</p>
<p>よほどの偏食でない限り、闘病中は食べ物でストレスがたまらないように、好きなものを腹八分目食べるのが一番だと思います。</p>
<p>④ 人とよく話すこと（特に他の患者さんと）</p>
<p>手術入院の際に知り合った方々を通して、さらに多くの闘病仲間と知り合うことができました。</p>
<p>彼女たちとの会話は造詣深く、勉強になることが多かったです。</p>
<p>私は、乳腺外科に入院する女性としては若い方だったこともあり、可愛がってもらいました。</p>
<p>中には再発で入院されている方もおられ、闘病の先輩として随分色々なことを教えていただきました。</p>
<p>入院期間は長くないのですが、その後放射線や抗がん剤でお会いするので、経過を報告し合ったり、情報交換をしたりできました。</p>
<p>⑤ 毎日散歩をすること</p>
<p>抗ガン剤と放射線のほとんどが外来だったため、病院の往復だけでも３０分以上の散歩になりました。</p>
<p>歩くと足から血液の循環が良くなり、身体が温まります。</p>
<p>おばあちゃんが言ったとおり、健康維持の基本は歩くことだと思いました。</p>
<p>私はこれ以外にA先生からいただいた「毎日３０分浴槽につかる」というアドバイスもずっと守ってきました。</p>
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		<title>９．軽く済んだ副作用</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:47:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[2004年12月に区の検診でひっかかってから、2010年1月にホルモン療法が終了するまで、足かけ5年間。 長いようで、過ぎてみればあっという間の乳がんとの闘いの日々でした。 いきなりの転移性乳がんステージ３Cの宣告。 セ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2004年12月に区の検診でひっかかってから、2010年1月にホルモン療法が終了するまで、足かけ5年間。</p>
<p>長いようで、過ぎてみればあっという間の乳がんとの闘いの日々でした。</p>
<p>いきなりの転移性乳がんステージ３Cの宣告。</p>
<p>セカンドオピニオン、サードオピニオンでも診断は変わらず。</p>
<p>宣告直後にA先生にお会いしに行ったのは、何よりも正しい行動でした。</p>
<p>メドシード（サプリ）を飲み続け、全ての治療を主治医の計画通り受けることができました。</p>
<p>抗ガン剤や放射線の副作用軽減のみならず、メドシード（サプリ）は癌の退治にも一役買っていたような気がします。</p>
<p>術前抗がん剤投与に当たっては、脱毛が何より気がかりでした。</p>
<p>特に脱毛が激しいと言われた最初の抗がん剤。</p>
<p>２クール目が終わっても脱毛が起きなかったときはA先生に本当に感謝をしました。</p>
<p>さすがに８クールが終わった時点では多少の抜け毛がありました。</p>
<p>でもお風呂でごっそり抜けるというほどではありませんでした。</p>
<p>母が子宮体がん治療時に必要としたように、ウィグや帽子のお世話になることはありませんでした。</p>
<p>吐き気と味覚障害もごくわずかで済んだため、食欲を維持することができ、体力を大きく失うことなく治療を継続できたのは何よりでした。</p>
<p>下痢も抗ガン剤開始直後に４～５日続いた程度で収まりました。</p>
<p>そして何よりも助かったのは、骨髄抑制がひどくなかったことです。</p>
<p>白血球の値が下がってしまい、抗がん剤治療を中止したり薬量を半減させたりする結果、十分な治療ができない方も、闘病仲間でいました。</p>
<p>でも私は、おかげさまで、主治医が「こんなのは初めて」と感激するほど、計画した抗がん剤を予定どおり全てこなすことができました。</p>
<p>主治医曰く、「計画したとおりに全ての治療ができれば、よほど末期でない限り殆どのガンは治せる」ということでした。</p>
<p>手術は前日の晩と当日の朝、かなり緊張しましたが、麻酔で眠っている間に終わっていました。</p>
<p>左腕の浮腫が心配でしたが、リンパマッサージを教えてもらい、毎日のマッサージやリハビリのおかげもあって、大きく腫れることはありませんでした。</p>
<p>放射線も照射した部位が赤くなる程度で、副作用らしい症状はほとんどありませんでした。</p>
<p>脳転移したときは、逆に意識が飛んでおり、助かりました。</p>
<p>正常に思考できるように戻ったときは、ガンマナイフが成功裏に終わっており、激しい恐怖を感じる間がありませんでした。</p>
<p>ガンマナイフも全脳照射も、脳浮腫などの副作用はなく、ごく軽く頭痛がしたくらいで、処方された鎮痛剤で収まる程度でした。</p>
<p>術後の抗がん剤も、術前抗がん剤とほぼ同様に、少し脱毛があった以外は、治療がいやになるような副作用はありませんでした。</p>
<p>ホルモン療法に至っては、全く副作用がなく、快適な通院治療ができました。</p>
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		<title>ホルモン療法</title>
		<link>http://karin-home.flna.net/?p=118</link>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:47:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[♪♪ホルモン療法♪♪ そしてハーセプチンとタキソテールの抗がん剤治療が終了後、ホルモン療法が始まりました。 ホルモン療法については、私は受容体陽性だったので、適応でした。 しかし、母が子宮体がんであったことを考えると、最 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>♪♪ホルモン療法♪♪</p>
<p>そしてハーセプチンとタキソテールの抗がん剤治療が終了後、ホルモン療法が始まりました。</p>
<p>ホルモン療法については、私は受容体陽性だったので、適応でした。</p>
<p>しかし、母が子宮体がんであったことを考えると、最も一般的なホルモン製剤である「タモキシフェン」を投与することは躊躇されました。</p>
<p>タモキシフェンは、子宮体がんの発症可能性を２～３倍に引き上げてしまうらしく、私は母からの遺伝で子宮体がんに罹患するのを恐れていたのです。</p>
<p>さらにタモキシフェンは、閉経後の乳がん患者を主な対象としており、できれば２人目の子供を、と考えていた私は、閉経前の女性用に開発されたホルモン製剤である、LH-RHアゴニスト製剤を希望しました。</p>
<p>LH-RHアゴニスト製剤は、卵巣機能を抑制し女性ホルモンの分泌を抑える薬です。</p>
<p>投薬期間が２年間と、タモキシフェンの５年間に比べ、半分以下の長さであることも魅力（？）でした。</p>
<p>LH-RHアゴニスト製剤は、ゾラデックスとリュープリンという２種類の薬から選ぶということでした。</p>
<p>私は主治医が薦めるリュープリン（一般名リュープロレリン）を選びました。</p>
<p>主治医としては、私の治療の進み具合が良好であることや、検査結果でガンが消滅していることなどにより、３か月に１回のホルモン製剤注射で十分なのではないか、ということでした。</p>
<p>ゾラデックスの方は、毎月投与する１か月製剤しかないため、３か月製剤があるリュープリンにしよう、ということでした。</p>
<p>リュープリンは、液体の薬を皮下注射するものです。</p>
<p>これ以降は、３か月に１回の通院でよくなり、治療に伴う時間的拘束も減り、気分的にかなり楽になったのでした。</p>
<p>そして、８回の皮下注射によるホルモン療法が無事終わり、主治医から寛解とのお言葉をいただきました。</p>
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		<title>抗がん剤治療２回目</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:46:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[♪♪抗がん剤治療２回目♪♪ そして退院後１週間で放射線治療を終え、抗ガン剤治療に移行しました。 今回の抗がん剤は、前回と変わって、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ）とタキソテール（一般名ドセタキセル）を使用することにな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>♪♪抗がん剤治療２回目♪♪</p>
<p>そして退院後１週間で放射線治療を終え、抗ガン剤治療に移行しました。</p>
<p>今回の抗がん剤は、前回と変わって、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ）とタキソテール（一般名ドセタキセル）を使用することになりました。</p>
<p>ハーセプチンは転移する乳がんの癌細胞を狙って作用しガンの増殖能力を阻害する「分子標的薬」という比較的新しい分野の抗ガン剤です。</p>
<p>副作用をより少なく抑えつつ治療効果を高めると期待されている画期的な抗がん剤だそうです。</p>
<p>このハーセプチンは、HER2というタンパク質受容体が病理検査で強陽性（3+）の場合のみ使用可能で、私は適応でした。</p>
<p>副作用が少ない画期的な抗ガン剤が適応で良かったのですが、HER2受容体が強陽性ということは、私のガンは強い増殖能力を持っているということで、どうりでガン発覚時に数か所の遠隔転移があったわけです。</p>
<p>以下は、埼玉医大病院臨床腫瘍科の教授によるハーセプチンに関するコメントです。</p>
<p>「ハーセプチンは乳がんの中でも悪性度が最も高い転移性乳がんに優れた効果を上げる分子標的薬として大きな注目を集めました。最近はHER2が過剰発現している早期乳がんの再発リスクを約50パーセント下げることも立証され、今まで最も予後が不良とされていたHER2過剰発現の乳がんが、最も治りやすい乳がんであるとさえ思わせるほど優れた効果をもたらしています。」</p>
<p>一方のタキソテールは、先に投与したタキソール同様、イチイの樹皮成分から見つかった「タキサン系」抗がん剤です。</p>
<p>他の抗がん剤が効かなくなったガンにも有効とされ、併用による相乗効果が期待できる抗がん剤だそうです。</p>
<p>こういう説明を聞いていても、この時期、私のガンとの闘いはいよいよ峠を迎えた感がありました。</p>
<p>タキソテールの副作用は、先回使ったタキソールと同様、普通の人にとってはかなりきついであろうとのことでした。</p>
<p>結局、この２種の抗がん剤併用による化学療法は、通院で１2ヶ月間に亘って受けました。</p>
<p>恐れていたタキソテールの副作用もひどいなものはなく、前回同様、抗がん剤治療をすべて予定どおりに終えることができました。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>放射線治療５回目</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:46:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[♪♪放射線治療５回目♪♪ そして、全脳照射が始まりました。 まだ脳に細かなガンが残っていて急に脳圧が上がったりすると危険だということで、初めて入院をしての放射線治療となりました。 予定した全脳照射が終わると、退院せずにす [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>♪♪放射線治療５回目♪♪</p>
<p>そして、全脳照射が始まりました。</p>
<p>まだ脳に細かなガンが残っていて急に脳圧が上がったりすると危険だということで、初めて入院をしての放射線治療となりました。</p>
<p>予定した全脳照射が終わると、退院せずにすぐに胸骨傍リンパ節への放射線照射が再開。</p>
<p>２週間後に初めて退院し、通院治療に切り替わりました。</p>
<p>これまで浴びた放射線の量を調べたところ、ガン患部のみを狙い撃ちするガンマナイフを除いたところで、165Gy（グレイ）という計算でした。</p>
<p>１Gy（グレイ）で、胃のレントゲン1,000回分だそうです。</p>
<p>放射能の影響を図るSv（シーベルト）でいうと、</p>
<p>165Gy（グレイ）＝1.65シーベルト ということです。<br />
（皮膚への荷重係数を前提として）</p>
<p>5％致死線量（被爆した人の20人に1人が死に至る線量）が、2シーベルトですから、1.65シーベルトというのはかなりの被爆量といえるのではないでしょうか。</p>
<p>皮膚が炎症を起こしたりただれたり重篤な副作用を引き起こすこともある線量とのことでした。</p>
<p>私は皮膚が赤くなった程度で、被爆線量から考えられる重度の副作用はありませんでした。</p>
<p>これもメドシード（サプリ）を飲んでいたおかげだと思います。</p>
<p>主治医も、「こんなにしっかり治療を受けてくれる優等生は初めて」と何度も絶賛をしてくれました。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>全脳照射（放射線治療４回目）</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:45:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
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		<description><![CDATA[♪♪全脳照射（放射線治療４回目）♪♪ 私は右利きです。 脳転移により言語中枢の麻痺が生じました。 この場合、脳の腫瘍は前頭葉の左側にあるそうです。 言語障害以外に、記憶障害と歩行障害も起きましたが、これは浮腫で脳圧が高ま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>♪♪全脳照射（放射線治療４回目）♪♪</p>
<p>私は右利きです。</p>
<p>脳転移により言語中枢の麻痺が生じました。</p>
<p>この場合、脳の腫瘍は前頭葉の左側にあるそうです。</p>
<p>言語障害以外に、記憶障害と歩行障害も起きましたが、これは浮腫で脳圧が高まったためではないかということでした。</p>
<p>労災病院では前頭葉左側患部をガンマナイフで寸分の狂いなく照射したそうです。</p>
<p>主治医は処置後の画像を見ながら言いました。</p>
<p>「ガンマナイフは成功です。これから２種類の放射線を行ないましょう。」</p>
<p>「ひとつ目は、全脳照射です。」</p>
<p>「脳転移の場合、播種された微細なガンが残っている可能性があります。」</p>
<p>「脳への放射線照射により、これをやっつけます。」</p>
<p>「ガンマナイフと線種が異なる放射線を、ずっと低い線量で何回にも分け照射します。」</p>
<p>「ふたつ目は、ガンマナイフの前までやっていた胸骨傍リンパ節への照射です。」</p>
<p>「どちらも当病院で行なえます。」</p>
<p>「胸骨傍リンパ節への放射線治療が終わったら、抗がん剤をもう一度やります。」</p>
<p>「あと、ひと息です。がんばりましょう。」</p>
<p>この頃には、私は脳転移から立ち直っていました。</p>
<p>というより、不思議と脳転移は、それほどの大きなショックを私に与えませんでした。</p>
<p>おそらく、脳の腫瘍で意識中枢が圧迫され、正常な感覚での事態把握ができていなかったのではないかと思います。</p>
<p>ガンマナイフが終わって労災病院から退院するまで、半ば夢心地だったような。</p>
<p>大変なことになったことはわかりました。</p>
<p>悲観的なマイナス思考も頭をよぎりました。</p>
<p>でも、なんか、まあいいや、みたいな、変なゆとりのようなものが頭の中にあったような気がします。</p>
<p>脳転移で入院した日、夕刻、急きょ仕事を早退して来てくれた夫も、意外と平穏な顔をしている私に拍子ぬけしたそうです。</p>
<p>でも、すぐに脳腫瘍の脳圧による症状と知り、真剣にどうしようかとおろおろしてしまったそうです。</p>
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		<title>ガンマナイフ（放射線治療３回目）</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:45:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[♪♪ガンマナイフ（放射線治療３回目）♪♪ 胸骨傍リンパ節への放射線照射が始まって半月ほど。 ある日、病院に行く前に家で息子の食事などについて母にお願いをしているとき、突然うまくしゃべれなくなってしまいました。 但し、これ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>♪♪ガンマナイフ（放射線治療３回目）♪♪</p>
<p>胸骨傍リンパ節への放射線照射が始まって半月ほど。</p>
<p>ある日、病院に行く前に家で息子の食事などについて母にお願いをしているとき、突然うまくしゃべれなくなってしまいました。</p>
<p>但し、これは後日母から聞いた話です。</p>
<p>私はそのときの記憶が飛んでいるのです。</p>
<p>その後いつものように病院に歩いて行こうとする私を母が引きとめ、タクシーに押し込んで病院に連れて行ったそうです。</p>
<p>すぐにCTとMRI検査を行なったところ、乳がんの脳転移が判明。</p>
<p>即時入院、頭蓋内降圧を図るグリセオール点滴スタート。</p>
<p>治ったと思ったのもつかの間、他のリンパへの転移が発覚し、そして次は脳への遠隔転移が発覚。</p>
<p>頭蓋内降圧剤が効いて、状況の説明を受けた私は、山の頂上からふもとまで突き落とされ、さらに海に沈められたような絶望感を感じました。</p>
<p>もしかしたら、これまでの放射線、抗ガン剤は全然効いていなかったのではないか？</p>
<p>だから副作用がなかったとか？</p>
<p>主治医や家族が、実際の病状を私に言わないようにしていたのではないか？</p>
<p>いや、主治医とは常に私が話してきたし、それはないはず。</p>
<p>しかし、どんなに治療しても治らないのではないか？</p>
<p>確実に「死」に近づいているのに、これまで治療にばかり時間をかけて、余命を無駄にしてしまったのではないか？</p>
<p>いや、治療以外の行動はありえなかったはず。</p>
<p>でもやはり、すぐに治療など止めて、やりたかったことをやり残さないよう、生き方を変えるべきではないのか？</p>
<p>どうしよう。</p>
<p>いろいろなマイナス思考が頭いっぱいになりました。</p>
<p>でも、がんばらなきゃ。</p>
<p>息子をおいて死ねない。</p>
<p>意外と早く気を持ち直した私に、主治医の先生が説明をしてくださいました。</p>
<p>脳への転移も、癌宣告当時、すでに起きていた可能性が高いこと。</p>
<p>抗ガン剤は脳転移には効きにくいことから、術前抗がん剤での効果があまりなかったのであろとのことでした。</p>
<p>そしてガンマナイフの医師を紹介していただきました。</p>
<p>場所は隣県の労災病院。</p>
<p>２日後、脳の腫れが引いたからか、正常な言動を取り戻した私は、夫と早速紹介先の医師を訪ね、ガンマナイフの予約をしました。</p>
<p>担当医曰く、ガンマナイフなら、転移性脳腫瘍が90％以上の確率で治癒または縮小するとのことでした。</p>
<p>そして１週間後、労災病院に入院し、ガンマナイフを受けました。</p>
<p>ガンマナイフとは、約200本のガンマ線ビームを、病巣部のみに集中して照射する「定位的放射線療法」です。</p>
<p>照射部位があたかもナイフで切除したかのようになるため、ガンマ線のナイフ（ガンマナイフ）と命名されたそうです。</p>
<p>ガンマナイフの治療に当たっては、前j日から入院してCT、MRI、脳血管撮影などの検査を行ない、病変部分と照射部分の位置決めをします。</p>
<p>そして頭蓋骨にビスを入れて照射中に頭がずれないように座標目盛付きの金属フレームを装着します。</p>
<p>こう聞くとぞっとすると思いますが、不思議とあまり痛くはありませんでした。</p>
<p>照射に当たっては、ガンマ線を一点に集中させるようコリメータヘルメットと呼ばれる装置を用います。</p>
<p>総じて痛みのない治療なので、これからガンマナイフをされる方、安心してください。</p>
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		<title>放射線治療２回目</title>
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		<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 11:45:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>karin</dc:creator>
				<category><![CDATA[第５章　そして私の乳ガン]]></category>

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		<description><![CDATA[♪♪放射線治療２回目♪♪ 次にホルモン療法に移る前に、全身の画像診断をした中で新たな転移が発覚しました。 乳房と同じ側の左の胸骨傍リンパ節に転移していたのです。 胸骨傍リンパ節は、腋窩リンパ節群、鎖骨下リンパ節群などとと [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>♪♪放射線治療２回目♪♪</p>
<p>次にホルモン療法に移る前に、全身の画像診断をした中で新たな転移が発覚しました。</p>
<p>乳房と同じ側の左の胸骨傍リンパ節に転移していたのです。</p>
<p>胸骨傍リンパ節は、腋窩リンパ節群、鎖骨下リンパ節群などとともに、乳腺所属リンパ節を構成しているそうです。</p>
<p>最初に乳がんが見つかった時点で、すでに転移していた可能性が高いそうでした。</p>
<p>しかし、画像診断で見つけられないほど小さかったものが、抗ガン剤の間は休眠していて、治療終了後、増殖を再開したのではないかとのこと。</p>
<p>この胸骨傍リンパ節の癌細胞を術前抗がん剤で殺せなかったということは、他にも目に見えないガンが存在する可能性がかなり高いとも言われました。</p>
<p>でも、それまでがスムーズ過ぎたのであって、乳腺内の転移であれば止むを得ないかな、と割り切ることにしました。</p>
<p>私が、転移にふれて冷静でいられたのも、メドシード（サプリ）を与えてくださった統合医療のA先生のおかげだと思います。</p>
<p>A先生のメドシードのおかげで、重篤な後遺症や副作用なく、これまで治療を進めてこれました。</p>
<p>そして、治療と並行してサプリを飲用することを認めていただいた主治医の先生にも感謝しています。</p>
<p>通常治療と補完代替治療の併用の中で、体調の変化を観察しながら治療を進めていただきました。</p>
<p>新たな転移が発覚しても、更なる治療を耐える自信がありました。</p>
<p>胸骨傍リンパ節のガンには標準２５回の放射線を当てることになりました。</p>
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